複合的世界危機の下での気候・エネルギー・安全保障
――日本がとるべき脱炭素・平和・自律の戦略(第2部)
(本稿は全国日本学士会会誌『ACADEMIA』創立80周年記念号(No.205, 2026.7)に掲載された巻頭論文「複合的世界危機の下での 気候・エネルギー・安全保障:日本がとるべき脱炭素・平和・自律の戦略」を再録し3部構成としたものの第2部です。)
4.エネルギー危機の教訓 ― 再エネ拡大の必然性
2026年2月末、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃、そしてイランの反攻とホルムズ海峡封鎖を契機に、世界の原油・LNG価格が急騰した。世界の石油・LNGの約20%が通過するホルムズ海峡が機能不全に陥ったことで、エネルギー市場は瞬時に混乱した。
日本のエネルギー自給率は先進国最低水準であり、一次エネルギーの約8割を化石燃料に依存する。そのうち原油の90%以上、LNGの約3割、石炭の大半を中東・豪州・米国など海外に依存している。日本のエネルギー価格は、国外の地政学リスクにほぼ全面的に左右される構造にある。イラン危機は、日本のエネルギー安全保障の脆弱性を改めて露呈させた。エネルギー価格の高騰は、家計・企業・産業全体に深刻な影響を与え、実質賃金の低下や物価上昇を通じて国民生活を圧迫している。
この状況は、日本が化石燃料依存から脱却し、再生可能エネルギー(再エネ)を急速に拡大すべきであることを強く示している。
国際エネルギー機関(IEA)は「需要側(の節約)こそ最大の戦略備蓄である」と強調し、各国政府や企業、家庭に、交通・空調・公的機関のエネルギー使用削減を中心に、10項目の緊急行動を示した。多くの国で化石燃料の使用抑制の呼びかけ、「テレワークの奨励や義務化」、「公務員の勤務日削減」、「空調温度の制限」、「学校や公共施設の時短」、「公共交通の利用促進と車両利用の抑制」といったエネルギー需要の削減策がとられている。
これに対し、日本政府が行っている備蓄放出やガソリン補助金の支給は、長期的視点で見れば化石燃料からの脱却を遅らせることになる。エネルギー安全保障を脅かす化石燃料依存から抜け出す解決策は地産地消型である再生可能エネルギーにある。再エネ導入の加速とともに、使い捨てビジネスモデルからの脱却をはじめ、エネルギー消費自体を縮小する省エネの取り組みも重要だ。
日本のエネルギー自給率は、G7加盟国中最低水準(2023年度15.2%)で、一次エネルギーの8割、電力の7割を海外から輸入する化石燃料に依存している。貿易収支を見ると、自動車、半導体製造装置等の高付加価値品で稼ぐ外貨(2024年28兆円)を化石燃料輸入(2024年24兆円)で帳消しにする構造となっている。国産エネルギーの拡大は、国富の海外流出を食い止める観点からも重要である。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、2024年には再エネが世界の新規発電設備増加量の92.5パーセントを占め、年間585ギガワット(GW)分が新たに追加されている。太陽光単独でも過去最高となる453GW分が加わっている。再エネは、すでに世界で新たに導入される発電設備の大半を占めている。
IEAでは2026年3月末、約80カ国のイラン戦争に起因するエネルギー危機に対処する政策措置を体系的に集約した「2026年エネルギー危機政策対応トラッカー」[1]を公開した。これによると各国は様々な省エネ対策などを実施している。
一方、日本の対策はガソリン補助金など“価格抑制”に偏り、巨額の財政負担を伴い、市場をゆがめ石油依存を固定化し、危機の根本解決につながらない。今後のエネルギー安全保障の観点からは、省エネの強化・再エネ拡大・化石燃料依存の縮小が求められる。
IEAがまとめた各国の対応を見ると、需要抑制策と家計支援策の両面で多様な政策が取られている。 特に、省エネ・行動変容を促す政策が広く導入されている点が特徴だ。
需要抑制策(短期的な危機対応)
IEAの追跡によれば、以下のような措置が多くの国で実施された。
在宅勤務の奨励・義務化(11か国)
エアコン温度制限(5か国)
公務員の移動制限(11か国)
学校の休校・時短(5か国)
消費者への需要抑制要請(20か国)
車両使用制限・速度制限引き下げ・公共交通促進(18か国)
韓国では公務員の週2日運転禁止、企業への使用量削減要請など、強制力のある省エネ策が導入された。
家計支援策(価格高騰への対応)
燃料価格上限設定(14か国)
燃料補助金(9か国)
エネルギー税の軽減(27か国)
多くの国が税軽減や低所得層支援を組み合わせ、補助金依存を避けつつ負担軽減を図っている。
一方、日本はガソリン価格を1リットル170円程度に抑えるため、元売り企業への補助金を中心に対応している。しかし、IEAが推奨するような省エネの義務化・行動変容策はほとんど導入されていない。日本の政策は化石燃料依存を強める方向のものが多く、危機対応としては不十分である。
IEAや各国の動向から、日本が取るべきエネルギー危機対策の方向性は明らかである。
省エネ・需要抑制の本格導入
IEAでは省エネが「第一の燃料」との位置づけ。 日本でも、在宅勤務の奨励、公共交通利用促進、空調温度の適正化、企業へのエネルギー使用削減要請が求められる。
再生可能エネルギーの急速拡大
再エネは初期費用が低く、迅速に普及可能で、危機に強い。特に日本はホルムズ海峡依存度が90%と極めて高く、再エネ拡大は安全保障上も必須。
化石燃料補助金の段階的縮小
IEAやG7は非効率な化石燃料補助金の廃止を求めている。補助金は短期的には価格抑制効果はあるものの、長期的には化石燃料依存を固定化し、財政負担も大きい。
低所得層への直接支援への転換
価格全体を下げるのではなく、 脆弱層へのターゲット支援に切り替えることで、財政効率と公平性が高まる。
エネルギー安全保障を軸にした産業政策
蓄電池・送電網への投資、省エネ家電・断熱改修の普及、EV・ヒートポンプの導入支援など。
世界各国は、エネルギー危機を単なる価格高騰ではなく、化石燃料依存の構造的リスクとして捉え、省エネ・再エネ・行動変容を中心とした政策を展開している。一方、日本はガソリン補助金に偏り、危機の根本原因である化石燃料依存の解消に踏み込めていない。日本が今後取るべき道は、「省エネ強化 × 再エネ拡大 × 補助金改革」 という国際標準のアプローチであり、これこそがエネルギー危機に強い社会をつくる鍵となる。
[1] IEA, 2026 Energy Crisis Policy Response Tracker
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