気候変動が日本の産業・経済活動の持続性に及ぼす影響

気候変動は、日本の産業と経済の基盤を揺るがす深刻なリスクとなっている。気温上昇や豪雨・台風の激甚化は、労働生産性の低下、農林水産業の収量減少、サプライチェーンの寸断、インフラ被害を通じて、GDP成長率を長期的に押し下げる。2050年にはGDPが9%減少する試算もあり、適応策と脱炭素への転換は日本経済の持続性確保に不可欠である。
松下和夫 2026.08.11
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はじめに:気候変動は日本経済の「長期的な成長力」を直接的に脅かす

日本は過去100年間で約1.4℃の気温上昇を経験しており、世界平均より速いペースで温暖化が進行しています。この気候変化は、豪雨・台風の激甚化、猛暑日の増加、海面上昇などを通じて、産業・経済活動に広範な影響を及ぼしています。特に、労働生産性の低下、サプライチェーンの寸断、農林水産業の生産性低下、インフラ被害などは、日本の産業競争力とGDP成長率を長期的に押し下げます。

気候変動に伴う経済的損失

アジア機関投資家の気候変動イニシアチブ(AIGCC)は、現行の世界的な政策軌道が続いた場合、日本は9.2兆米ドル(約1485兆円)の経済損失を被る可能性があると試算しています[1]。これは日本の名目GDP(約600兆円)の2.5倍に相当し、産業構造全体に深刻な影響を及ぼします。 

AIGCCの試算によれば、気候変動が進行した場合、日本のGDPは以下のように押し下げられます[2]。

  • 2030年:▲4%(▲20.5兆円)

  • 2040年:▲7%(▲40.1兆円)

  • 2050年:▲9%(▲64兆円)

この損失は、極端気象による直接的な被害だけでなく、労働力の減少、資本ストックの毀損、農林水産業の生産性低下、サプライチェーンの混乱など、複合的な要因によって生じます。

さらに環境省の「第3次気候変動影響評価報告書」では、台風・豪雨の激甚化が進むと、100年に1度規模の高風速台風の発生率が上昇し、建物被害率が大幅に増加すると指摘しています[3] 。また、豪雨の頻度増加により、河川氾濫や土砂災害のリスクが高まり、インフラ・物流網の寸断が経済活動を長期的に阻害します。

労働生産性の低下とGDPへの影響

日本では猛暑日(35℃以上)が増加しており、2023年は観測史上最も高温の年となりました[4]。高温は労働者の集中力低下、熱中症リスク増大、屋外作業の制限などを通じて、労働生産性を直接的に低下させます。

財務省の分析によれば、気候変動は労働生産性を低下させ、格差拡大や長期的な成長力の低下を引き起こすとされています[5]。

労働生産性低下のメカニズムとしては、高温による作業効率の低下、熱中症による欠勤・医療費増加、屋外作業(建設、物流、農業)の稼働時間制限、労働者の健康悪化による長期的な人的資本の毀損などがあります。これらは、GDPの主要構成要素である労働投入量と生産性を同時に押し下げます。

次に産業別の影響をみると、農林水産業では、水稲の生産量は今世紀末に約20%減少(4℃上昇シナリオの下で 高温耐性品種への移行が進まない場合の推計[6])となり、畜産では、2030年代以降、本州全域で乳量が大幅に低下するとの予測があります(SSP2-4.5)[7]。これらは食品価格の上昇、関連産業のコスト増加を通じて経済全体に波及します。

製造業・物流部門では、猛暑・豪雨・台風の激甚化により、工場の操業停止、物流網の寸断、港湾機能の停止などを引き起こし、サプライチェーンの脆弱性が高まります。

観光業では、高温や災害リスクの増加により、観光需要の季節変動を拡大し、地域経済に影響します。

顕著な事例

 次にいくつかの顕著な事例をみていきます。

●事例1:2018年・2023年の記録的猛暑

2023年は日本の年平均気温が観測史上最高となり、7〜8月にかけて北・東日本で記録的な高温が発生しました[8]。

この期間、建設業・物流業では熱中症リスクの高まりにより作業時間が短縮され、労働生産性が顕著に低下しました。企業は冷房設備の増強やシフト調整を余儀なくされ、追加的コストが発生しました。

●事例2:台風の強度増大とサプライチェーンの寸断

環境省の評価によれば、台風の強度は今後さらに増大し、稀な頻度の高風速台風の発生率が上昇します[9]。

2019年の東日本台風では、河川氾濫により工場が浸水し、自動車部品や電子部品の供給が停止しました。国内外の生産ラインに影響が及び、サプライチェーンの脆弱性が露呈しました。

●事例3:農業生産の変化(米・畜産)

水稲の品質低下(白未熟粒の増加)はすでに顕著であり、気候変動対策が進まない場合、生産量が20%減少する可能性があります[10] 。

畜産では、乳牛の乳量低下が広範囲で予測されており、乳製品価格の上昇や関連産業への影響が懸念されます。

以上のように、気候変動は日本の産業・経済活動に対して、数十兆円規模の経済損失、労働生産性の低下、農林水産業の生産性低下、サプライチェーンの寸断など、多面的な影響を及ぼします。特に、AIGCCが示す2050年までにGDP▲9%(▲64兆円)という試算は、気候変動が日本の長期的な成長力を根本から揺るがす可能性を示しています。

一方で、ネットゼロ・シナリオ(温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロにすることを目指した長期的な排出削減計画)では、GDPを年間40兆円押し上げる可能性があるとされ、気候変動対策が「経済成長の新たな源泉」となり得ることも示唆されています[11] 。

おわりに:日本の持続性確保に向けた示唆

 これまで述べたような気候変動が日本の産業・経済活動の持続性に及ぼす影響に鑑みると、次のような示唆が得られます。

  • 労働生産性の維持:猛暑対策、屋内外の労働環境改善、健康管理の強化が不可欠。

  • サプライチェーンの強靱化:災害リスクを織り込んだ生産拠点の分散、在庫戦略の見直しが必要。

  • 農林水産業の適応策:高温耐性品種の導入、畜産の暑熱対策、スマート農業の普及。

  • インフラのレジリエンス強化:河川・港湾・電力網の強化は、産業活動の基盤として不可欠。

 以上は、進行する気候変動からの影響に対する「適応策」が中心ですが、今や気候変動は安全保障の問題ともなっています。すなわち「国土やインフラ、国民の生命や財産等」を「異常気象等の気候変動影響」から「適応策や緩和策」で守ることが必要なのです。

 「緩和策」とは気候変動の原因となる温室効果ガスの排出を減らすこと、とりわけ化石燃料の消費を減らす脱炭素経済への移行を意味します。反気候政策を掲げるトランプ政権下の米国でも、化石燃料を多く有するにも関わらず、再生可能エネルギーの伸びが続いています。欧州では、「脱炭素」「エネルギー資源域外依存度軽減」「域内新産業育成」政策が三位一体となって進められています。

一方日本では化石燃料からの脱却が遅々として進みません。米国・イスラエルのイラン攻撃を契機としたエネルギー危機に対しても、日本政府はガソリン補助金と石油備蓄の放出を続けるのみで、省エネや再エネの拡大は停滞しています。これは化石燃料依存を固定化し、将来に向けた脱炭素経済への移行に逆行するものです。

日本は化石燃料を大量に輸入し依存度も最も高い国の一つです。脱炭素を進め、産業を新しく生まれ変わらせる枠組みを整備し、脱炭素投資を促進することによってのみ、経済面・安全保障面で競争力とレジリアンス(適応力、回復力)を高められるのです。

現在の日本政府の気候変動政策は、石炭などの化石燃料発電所を温存するため、火力発電に水素・アンモニアを混焼し、CCUS(炭素回収・利用・貯蔵)などの推進や、原発の最大限活用を推奨しています。

これらはいずれも、費用、温室効果ガス排出削減効果、実現可能性に大きな問題を抱えています。

このままでは日本の再エネの導入は抑制され、必要な排出削減は実現できず、化石燃料輸入による国富の流出が続き、国家予算の無駄遣いとなり、電気代は上昇し、エネルギー安全保障は不安定となり、国民に大きな負担を強いることとなります。気候の安定化と経済の健全な発展、エネルギー安全保障と気候危機脱出のための国際協調への貢献のためには、地域や自然との共生を図りながら再エネ・省エネを進めることが唯一の道であることを強調しておきます。

(以上は、認定NPO法人環境市民の「みどりのニュースレター」2026年夏号334号に掲載された内容を再録したものである。)

***

[2] 同上

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