今よみがえる 宇沢弘文の「三里塚農社」構想:地域再生と公共性の再構築
成田問題の深層に〝対話〟と社会的共通資本の理念を刻んだ経済学者の宇沢弘文。住民を決定の主体に据え、共生の地域をつくる「三里塚農社」構想を、今改めてよみがえらせる意味を考える。
今よみがえる宇沢弘文の「三里塚農社」構想
1966年に三里塚への新東京国際空港建設が閣議決定されてから60年が経つ。また、宇沢弘文らが心血を注いで対話の道を切り拓いた「成田空港問題シンポジウム」と「円卓会議」の収束からも30年余りが過ぎた(なお本年9月には宇沢没後12年を迎えた)。
成田問題は、単なる空港建設をめぐる地域紛争ではなかった。それは、高度経済成長のもとで形成された「開発至上主義」の矛盾を、最も鮮明に映し出した歴史的事件である。国家が「効率」「成長」「国益」を優先する一方、そこに暮らす人々の生活、農業、土地への愛着、地域共同体の価値が十分に顧みられなかった。その結果、強制測量、代執行、機動隊の投入など、深刻な対立と暴力の連鎖を招いた。
この経験が問いかけたのは、「何をつくるか」だけではない。「誰のための公共事業なのか」「地域社会の意思をどのように政策に反映させるのか」という、民主主義そのものの問題であった。
その意味で、後の円卓会議は重要な転換点となった。そこでは、国家と地域社会が一方的な力関係ではなく、対話する主体として向き合い、相互の尊厳を認めながら解決を探ることが試みられた。最大の成果は、単なる合意の形成にとどまらず、長年の対立によって失われた「信頼」を回復する道を拓いたことにある。
この考え方を支える重要な思想が、宇沢の「社会的共通資本」である。社会的共通資本とは、人々が人間らしく生きるために不可欠な社会の基盤である。土地、農業、自然環境、教育、医療などは、効率性だけを基準に扱うことはできない。三里塚の農地と自然、そしてそこに築かれてきた地域共同体もまた、社会的共通資本として捉えることができる。
三里塚農社という「もう一つの未来」:「地域再生」を先取り
宇沢が1980年代後半から1990年代にかけて構想した「三里塚農社」は、こうした思想を具体的な地域社会の再生へとつなげようとする試みであった。「三里塚農社」の「社(やしろ)」はコモンズを意味している。「三里塚農社」の構想は,「コモンズ」としての新たな村落共同体を生産と経営の単位にすることで、日本の農業の再生を志向するものであった。「コモンズ」とは,持続可能な社会を支える、自然環境、社会インフラ、制度資本を長期的に管理運営していくための基本的な枠組みとなるものである。
空港建設によって分断された三里塚の農業、自然、共同体を再生し、地域住民が主体となって持続可能な地域をつくる。その構想は、単なる農業振興策ではなく、国家と地域社会、市場と共同体の関係そのものを問い直す「社会モデル」として位置づけられる。
宇沢は農業を単なる一産業ではなく「人間の生命を支える基盤」と位置づけ、市場競争に晒すべきではないと考えた。農業は食料を生産するだけでなく、土地や水、自然環境を守り、人々の暮らしや文化、地域のつながりを支える営みである。だからこそ、その価値を市場価格だけで測ることはできない。
この視点は、人口減少と高齢化、耕作放棄地の増加、農村の担い手不足、地域コミュニティの衰退が進む現在、一層重要になっている。農業を農業だけの問題として扱うのではなく、福祉、教育、環境、文化、地域経済と結びつけて考える。三里塚農社構想は、今日の「地域再生」を先取りする発想を含んでいたのである。
インフラと地域社会はどう向き合うべきか
三里塚農社構想が今日に投げかけるもう一つの重要な問いは、大規模インフラと地域社会の関係である。
空港、高速道路、ダム、再開発、エネルギー施設など、公共性を持つ事業であっても、それが地域の生活や環境に大きな影響を及ぼす場合、「国益」や「効率性」だけを根拠に進めることはできない。
必要なのは、地域住民を単なる「説明を受ける側」ではなく、意思決定に参加する主体として位置づけることである。地域の社会的共通資本を守りながら、何をつくるのか、どのような地域の未来を目指すのかを、行政と住民がともに考える。そのためには、計画の初期段階からの情報公開、実質的な住民参加、対話、そして合意形成の仕組みが不可欠である。「対話と合意による解決」という原則、これは成田問題をめぐる円卓会議が残した重要な教訓である。
未来の課題への挑戦
三里塚農社構想は、成田空港問題に対する一つの対案であると同時に、人口減少、気候危機、農村の衰退、地域コミュニティの弱体化という現代の課題を考えるうえで、重要な示唆を持っている。
そこには、経済成長だけを社会の目的とするのではなく、農業、自然、福祉、教育、文化、コミュニティを一体として捉え、人々の暮らしを支える「社会的共通資本」を守り育てるという発想がある。また、市場だけでも国家だけでもなく、地域社会が主体となって公共性を担うという考え方も示されている。これは、今日の持続可能な地域づくり、地域循環共生圏、さらにはSDGs(持続可能な開発目標)が掲げる理念とも響き合う。
宇沢が三里塚の地で描いたのは、過去への回帰ではない。経済の効率性と人間の豊かさの統合という、現在そして未来の課題への挑戦であった。
成田空港問題から60年。いま必要なのは、三里塚の歴史を過去の紛争として終わらせることではなく、そこから「地域の自律」「社会的共通資本」「対話による合意形成」という原則を学び直すことである。
「三里塚農社」という構想を、過去の遺産ではなく、持続可能で人間らしい社会を構想するための一つの未来像として、いま改めてよみがえらせる意味は大きい。
参考文献:
宇沢弘文『「成田」とは何か』岩波書店、1992年
宇沢弘文『社会的共通資本』岩波書店、2000年
科研費報告書「社会的共通資本の理論的・制度的・歴史的研究」(課題番号16103001)、2008年
国連大学「宇沢弘文追悼シンポジウム」記録、2015年
成田空港問題円卓会議記録、1993年–1995年
(本稿は『週刊金曜日』(2026年10月16日号)に掲載された拙稿『地域再生と公共性の再構築:対話から描く宇沢弘文の「三里塚農社」構想』に加筆したものである。)
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