オーバーシュート(※1)時代の気候政策
―希望を維持するために―

地球の平均気温は数年以内に1.5℃を超える見通しとなり、気候政策は「未達か達成か」という静的目標から、ピークを抑え超過期間を短くし再び戻すという時間軸の戦略へ転換を迫られている。オーバーシュートは諦めではなく、行動の緊急性を示す警鐘である。
松下和夫 2026.10.03
誰でも

 2026年9月2日、国連環境計画(UNEP)は『Limiting Overshoot(オーバーシュートの抑制)』と題する報告書(※2)を発表し、「今後数年以内に、産業革命前からの地球の平均気温の上昇が1.5℃を超える見込みである」としました。 2015年に採択された地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」では気温の上昇幅を産業革命以前から1.5℃度以内にとどめることを目標としています。ところが、各国が決めた温暖化ガス削減目標(NDC)を達成し、排出量を実質ゼロにできたとしても1.8℃上昇するというのです。さらに現状の政策のまま推移した場合は、2100年までに約2.6℃の上昇が見込まれています。 報告書によれば、温暖化のピークが高くなるほど、また超過期間が長くなるほど、人間や自然に対するリスクは高まることが示されています。現在の決定と行動が極めて重要で、到達する温暖化のピークが低いほど、人々、社会、経済、生態系が直面するリスクは低くなり、オーバーシュートの期間が短いほど、不可逆的な閾値や適応の限界を超える確率は低くなります。メッセージは明確です。「緩和と適応は共に進めなければならない。オーバーシュートは諦めを正当化するものではなく、むしろ行動の緊急性を訴えるものである」 報告書では、①現在の政策・排出軌道のもとでは、1.5℃の超過は「ほぼ不可避」。②しかし「超えたら終わり」ではなく、ピーク(peak)とその後の低下(decline)をどう設計するかが、今後の気候政策の核心。③重要なのは、「どれだけピークを低くできるか」「どれだけ1.5℃超の状態を短くできるか」であり、それが人間社会と生態系のリスクを左右する。と述べています。 ここで示される「オーバーシュート・ピーク・ディクライン」という三段階の時間軸は、従来の「目標達成/未達」という静的な枠組みを超え、気候政策を時間的プロセスとして捉え直す視角を提供しています。1.5℃目標は「未達」ではなく、「一度は超えることを前提に、そのピークと期間をいかに制御し、可能な限り早く戻るか」という新しい政策課題へと変質したのです。

※1 パリ協定目標のオーバーシュートとは、一定期間にわたり1.5℃という目標を超えるものの、その後に1.5℃以下に戻る地球温暖化の軌跡を指す。

※2 UNEP (2026) Limiting Overshoot - Navigating exceedance of 1.5°C and pathways towards return, https://www.unep.org/resources/limiting-overshoot

オーバーシュート時代の「二重の責務」

 報告書は、オーバーシュート時代においては、世界は二重の責務を負うことになる、という点を強調しています。 第一の課題は、ピーク温度をできる限り低く抑え、超過期間をできる限り短くすることです。高いピーク温度は、極端気象・生態系崩壊・氷河融解・海面上昇などのリスクを飛躍的に高めます。そして長い超過期間は、適応策の限界を超え、社会的・経済的・文化的損失を蓄積させます。報告書は、「今日の決定が、将来のピーク温度と超過期間を決定する」と明言しています。つまり、今後10年の排出削減の速度が、今世紀後半のリスク構造をほぼ決めてしまうということなのです。 第二の課題は、緩和(mitigation、温室効果ガス削減)と適応(adaptation、気候変動への適応)を切り離さず、同時に前進させることです。 オーバーシュートは「緩和が失敗した結果」ではなく、「緩和を続けながらも一時的に超過するプロセス」として理解されるべきだとし、「もう1.5℃は超えるから、緩和は意味がない」という諦念を明確に退けています。むしろ、緩和の速度を上げることが、ピーク温度と超過期間を短縮し、適応可能性を維持する唯一の道なのです。 同時に、超過期間においては、適応策の抜本的強化が不可欠です。洪水・干ばつ・熱波・氷河融解・海面上昇などの影響に対して、インフラ、都市計画、農業、保健、社会保障など、社会システム全体を再設計する必要があります。「オーバーシュートは、諦めではなく、行動の緊急性を高める根拠」なのです。 報告書では、今後の取り組み方向を「オーバーシュート期」「ピーク温度」「ディクライン期」という時間軸に沿って整理しています。 オーバーシュート期は、1.5℃を超えた状態が続く期間であり、被害の蓄積をいかに抑えるかが焦点で、化石燃料依存の急速な縮小、短期的効果が大きいメタン排出の大幅削減、再生可能エネルギーの大規模導入、洪水・干ばつ・熱波へのインフラ強化、脆弱な地域への国際支援(小島嶼国、乾燥地域、氷河依存地域)などが重要です。 次に、不可逆的変化を防ぐためピーク温度の制御が重要です。ピーク温度は、不可逆的変化のリスクを決定する閾値であり、排出削減の速度を高めることが、ピーク温度を抑える唯一の手段です。 さらに、1.5℃以下に戻るためには、排出量より多くのCO2を除去する「ネットネガティブ」の状態を一定期間維持する必要があります。 温室効果ガス排出を減らし続けることに加えて、二酸化炭素除去法(CDR)が必要です。CDRには植林や生態系回復のような在来型と、炭素回収貯留(CCS)と結合したバイオエネルギーや直接大気炭素回収貯留のような新規型の2つのタイプがあります。しかし、CDRには、それらのポテンシャルを制限するリスクとトレードオフがあり、CDRが責任をもって確実に実行されることを保証する強いガバナンスの仕組みが求められます。

戦略設計実施で引き寄せる「責任ある希望」

  UNEPの「Limiting Overshoot」報告書は、1.5℃目標の現実的達成可能性に対して厳しい評価を下しつつも、希望を完全に手放すことを拒否しています。1.5℃超過はほぼ不可避ですが、ピーク温度と超過期間を制御する余地はまだ残されています。そして緩和と適応を同時に進めることで、人間社会と生態系が耐えうる範囲にリスクを抑え込むことは可能です。 オーバーシュートは「敗北」ではなく、「行動の緊急性を高める新たな条件」なのです。

(本稿は、ビジネスWEBサイト『時局』(2026年10月1日更新)の連載「地球沸騰時代の環境考」に掲載された拙稿「オーバーシュート(※1)時代の気候政策―希望を維持するために― - 地球沸騰時代の環境考 - 時局 」に加筆したものです。)

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