戦争がもたらす「人道と環境の破壊」――環境汚染と気候危機の負の連鎖
(以下は公明新聞2,026年6月13日の土曜特集に掲載されたインタビュー記事です)
現在、世界各地で勃発している武力紛争は、数多くの人命を奪う〝人道危機〟であると同時に、環境にも重大な損害を与える〝環境危機〟でもあり、地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスも大量に排出して〝気候危機〟を悪化させている。武力紛争に起因する環境危機と気候危機はどれだけ深刻なのか。公益財団法人・地球環境戦略研究機関(IGES)のシニアフェローを務める松下和夫・京都大学名誉教授に聞いた。
――武力紛争による環境と温暖化への影響をどう見るか。
「国破れて山河在り」という言葉がある。戦乱で国が荒廃しても、山や川などの自然は変わらずに残っていることを詠った漢詩の一節だ。だが現実には、武力紛争で国も自然も破壊されてしまう。
振り返れば、第2次世界大戦が終結して以降も、武力紛争は後を絶たない。
1955年から75年まで続いたベトナム戦争では、強い毒性のダイオキシンを含む枯葉剤を米国が大量に散布した結果、土壌や河川、湖などが汚染された。そのせいで今も胎児が奇形になるなどの深刻な健康被害が見られる。
91年の湾岸戦争と2003年のイラク戦争では、放射性廃棄物である劣化ウランを用いた劣化ウラン弾を米国と英国が合わせて100万発前後使用したと推計されており、土壌が汚染されたほか、因果関係は立証されていないものの、がんや白血病などに罹患する人が急増したため、長期的な疫学調査が必要であるとされている。
今も、ロシアによるウクライナへの侵略に加え、パレスチナ自治区ガザ地区やレバノンに対するイスラエルの過剰な攻撃、米国とイスラエルが開始したイランへの大規模攻撃とそれに対するイランの報復攻撃などが起きている。
これらの武力紛争で多用されている弾道ミサイルや巡航ミサイル、砲弾には鉛やカドミウム、水銀などの重金属をはじめとする環境に有害な物質が多く使われ、製造されている。また、石油関連施設が攻撃されることで発生した黒煙には発がん性物質が含まれることも多い。原油の流出による海洋汚染も心配だ。核関連施設も攻撃されたり、軍事占拠されたりしており、放射能汚染の発生も懸念される。
軍事活動は大量の温室効果ガスを排出しており、温暖化を加速させる要因にもなっている。
――軍事活動由来の温室効果ガスの排出量を算定する取り組みも見られる。
象徴的なのはウクライナの事例だ。ウクライナは、ロシアの軍事侵攻に起因する温室効果ガスの排出量を算定する取り組みを進めている。22年3月には、ウクライナや欧州諸国の環境問題を専門とする研究者が参加する「戦争の温室効果ガス算定に関するイニシアチブ」(IGGAW)が発足した。
IGGAWによると、ロシアがウクライナへの侵略を開始した22年2月24日から今年2月23日までの4年間で、ロシアの攻撃に起因して排出された温室効果ガスの総量は1100万㌧以上になるという【グラフ参照】。これは、フランスが1年間に排出する温室効果ガスの総量に匹敵する。

軍事活動そのものからの排出量だけでなく、例えば、ウクライナとロシアの上空を各国の民間航空機が飛行できなくなっているため、迂回して飛行することでどれだけ余分な温室効果ガスが排出されているのかについても算定されている。
また、欧州諸国に逃れた約590万人のウクライナの難民が一時帰国する際の交通による排出量も含まれている。
さらに、復興においても、破壊された建造物などの再建で鉄鋼やセメントが大量に使用されることに伴い、かなりの量の温室効果ガスが排出される。そのためウクライナは、復興の際に環境に配慮し、温室効果ガスの排出をできる限り抑制する「グリーン復興」を推進する方針を掲げている。
最終的にウクライナは、軍事侵攻に由来する温室効果ガスの排出について、ロシアに「気候損害賠償」を求める意向だ。
一方、ガザへのイスラエルの攻撃で排出された温室効果ガスの量も算定されている。
例えば、武力紛争が環境と気候に与える影響を科学的に調査し、国際社会に警鐘を鳴らす英国の非政府組織(NGO)である「紛争と環境観測所」(CEOBS)などは、人工衛星を用いた観測技術も駆使して、軍事活動による温室効果ガスの排出量を算定する「気候に対する戦争」という取り組みを進めている。
その取り組みによると、イスラエルがガザへの攻撃を開始した23年10月7日から15カ月間で戦闘行為だけで約190万㌧、戦後復興なども含めると3220万㌧以上の温室効果ガスが排出されたと推計されている。つまり、東京都の約6割の面積しかない狭いガザで排出された温室効果ガスが、100カ国以上の年間排出量の合計値を上回る規模に達している。
――ガザの状況は「エコサイド」(環境の大量破壊)だとの指摘もある。
生物と環境との関係を表す「エコロジー」と「ジェノサイド」(集団殺害)の二つの言葉を合わせた造語だ。
ガザでは家屋などの建造物に加え、発電所や上下水道、衛生施設などの生活インフラも徹底的に破壊し尽くされている。建造物が破壊されるとアスベストや重金属などの有害物質も大量に飛散し、大気や土壌、地下水などが汚染される。しかも、上下水道や衛生施設が破壊されているから、住民は汚染された水源を使わざるを得ず、環境汚染と健康被害が同時に悪化する事態に陥っている。まさしくエコサイドと呼ぶべき状況だ。
エコサイドは「重大」かつ「広範」または「長期的」な環境損害の発生を予見しながら、その事態を招く「違法」または合理的な配慮を欠く「無謀」な行為であると定義されている。ベトナム戦争での枯葉剤の使用に抗議した米国の植物学者、アーサー・ガルストン氏が1970年年に提唱した。
2010年には、英国の法定弁護士で環境保護活動に力を入れていたポリ・ヒギンス氏が、国際刑事裁判所(ICC)が裁く「集団殺害犯罪」「人道に対する罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」の四つとともに、エコサイドも5番目の犯罪として追加する条文をICCの設立条約であるICC規程に盛り込むべきだと国連法務局に提案している。
――国際社会はどう対応すべきか。
各国の軍事部門が排出する温室効果ガスの総量は、地球全体の排出量の約5・5%を占めるという推計もある。
温室効果ガスの主要な排出源である航空業界と海運業界はそれぞれ2~3%を占めているから、軍事部門はこれら二つの業界を合わせた巨大な排出源ということになる。
にもかかわらず、温暖化の防止をめざす国際枠組みであるパリ協定で定められた報告義務から、軍事部門の排出量は除外されており、統計上「見えない排出」になっている。まずは、軍事部門による排出もパリ協定の報告義務の対象にして「見える化」すべきである。
ただ、軍事部門からの温室効果ガスの排出量が見える化されると、軍用機の飛行時間や艦艇の稼働時間、軍事演習の規模など軍事機密に関わる情報が分かってしまうため、米国をはじめ各国が強く反対している。
それでも、国連環境計画(UNEP)などの国際機関やNGO、環境問題に詳しい専門家らが軍事部門由来の排出の観測を粘り強く続けて実態を把握し、見える化の実現に向けた国際機運を高めていくための声を上げ続けていくことが重要だ。
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